網膜芽細胞腫の治療方法について

 

 治療方法は、眼球温存療法、眼球摘出、眼球外病変の治療に分けられます。
 眼球温存療法は、眼球を残したまま腫瘍を死滅させる方法です。腫瘍が眼球内にとどまっていて、緑内障などの合併症を生じていない場合が対象になります。抗がん剤や眼球局所治療を複数回繰り返す必要があります。眼球内で再発を繰り返す場合もあり、長期間の治療が必要です。腫瘍の状態によりますが、視力は残せる場合があります。
 眼球摘出は、腫瘍を取り去ることができる最も確実な方法です。緑内障などの合併症を生じている場合、腫瘍が眼球の外へ広がっていることが疑われる場合、眼球温存療法に不安を持っている場合、眼球温存治療を行っても腫瘍が治らない場合が対象になります。摘出した眼球は病理検査を行って、転移を生じる危険性が高いと判明した場合には予防のための全身化学療法を行います。眼球摘出後は義眼を装用します。かつては、片眼性の場合は眼球摘出、両眼性の場合は進行眼を摘出して、進行していない眼球を温存療法していました。最近では眼球温存療法が発達したため、片眼・両眼によらず眼球温存療法をする場合が多くなっています。
 最初の段階で腫瘍が眼球の外へ広がっていた場合、遠隔転移のあった場合、眼球摘出の後に眼窩に再発した場合には、生命の危険が高く、手術、全身化学療法、放射線治療を組み合わせた集学的治療を行う必要があります。この場合は小児がんを専門にしている施設で治療を受ける必要があります。
網膜芽細胞腫は悪性腫瘍ですが、日本をはじめとする先進国では早期発見されていることから、5年生存率93.9%、10年生存率90.6%というデータがあり、多くの場合には生命の危険性は低い病気です。ただし、腫瘍が眼球壁をこえて広がると 生存率が下がり、転移を生じるとさらに低下します。脳転移は命を助けることが非常に難しい状態です。眼球温存治療法を行う場合には、この危険性をよく理解した上で、眼球温存にこだわりすぎないことが重要です。

 

 

【眼球温存療法】

 腫瘍が眼球内にとどまっていて緑内障などの合併症を生じていない場合に行われます。腫瘍の大きさや位置などによりますが、抗がん剤や眼球局所治療を複数回繰り返す必要があります。眼球内で再発を繰り返す場合もあり、長期間の治療が必要です。
 視力に関しては、腫瘍が黄斑部にかかっているかどうかが重要な条件となります。
 治療では、抗がん剤の使用、複数回全身麻酔を受ける負担、場合によっては放射線治療を行うこともあり、本人の身体への負担と苦痛を考えることが大切です。
 また、温存療法を選択された場合でも、腫瘍を抑えきれず眼球の外へ広がる危険性が高いと判断された場合、眼底出血や緑内障などの合併症を生じた場合、治療回数が多く不安の強い場合、視力が期待できなくなった場合など、子どもの様子に合わせて慎重に治療方法を決め、決して命に関わることのないように適切な治療を行うことが必要です。

 

全身化学療法(抗がん剤治療)
 まず化学療法で腫瘍を小さくして、レーザー照射などの局所治療を可能にするのが目的です。腫瘍が小さく局所治療だけで治療できる場合を除くと、眼球温存治療を行う場合には必ず行うことになります。化学療法だけで治ることは数%しかなく、ほとんどの場合は腫瘍が小さくなった後で局所治療が必要になります。
  3種類の抗がん剤を3~4週間ごとに2~6回繰り返す治療です。他の小児腫瘍に比べて副作用が軽いため、一般には長期間の入院を必要としません。手足の細い血管ではなく、太い血管に中心静脈カテーテルというものを入れて行います。
  副作用として、吐き気、嘔吐、免疫抑制による感染や発熱、聴力障害があり、長期的にはいろいろな臓器障害や抗がん剤による二次がん(白血病)の可能性があります。

 

選択的眼動脈注入(眼動注)
 カテーテルという細い管を脚の付け根の動脈から入れて、眼球に流れる眼動脈だけに選択的に抗がん剤を注入する治療法です。体に入る抗がん剤の量を少なくしつつ、眼球へは高濃度の抗がん剤を流すことができるため、全身の副作用が少なく、治療効果が期待できます。この治療は現在国立がん研究センターだけで行われています。
眼動注は全身麻酔で行う必要があり、他の眼球局所治療と組み合わせて治療します。数日間入院し、1回の治療は2時間くらいで、カテーテルは治療が終わった時点で抜いてしまいます。たいていは1ヶ月ごとに3回以上繰り返します。
  副作用として、一時的な吐き気、嘔吐、目の腫れなどがあります。ごくまれに脳梗塞を生じる危険性があります。治療回数が多くなると眼動脈の流れが悪くなり、治療ができない場合があります。

 

硝子体注入
 硝子体に腫瘍細胞が散らばった場合(硝子体播種)、血管に抗がん剤を入れても硝子体には十分な抗がん剤が届かないため十分な治療ができません。このため、眼球を残すために眼球に直接細い針を刺し抗がん剤を注入する治療を行っています。この治療は現在国立がん研究センターだけで行われています。
  副作用として、出血、感染、眼球内の炎症などがあります。また、理論上は腫瘍細胞を眼球外に流出させる可能性があります。

 

レーザー照射
 波長の長い赤外線レーザーを使って、腫瘍に直接照射します。小さな腫瘍には直接熱凝固(焼いてしまう:光凝固)し、大きな腫瘍には腫瘍の温度を45~60℃程度に温めて腫瘍細胞の自殺(アポトーシス)をうながしたり、化学療法と併用することでその効果を増強したりします。3mm程度までの網膜の腫瘍が適応です。小さな腫瘍は1回の治療で90%くらい治りますが、眼球の中で腫瘍が散らばっている場合には多数回の治療が必要になります。
 治療は全身麻酔で行い、30分程度です。多くの場合は他の治療と組み合わせて行います。治療後の痛みなどはありません。
  合併症として、眼底出血や虹彩の火傷があります。

 

冷凍凝固
 -80℃位まで冷却した器具を眼球の外からあてて、腫瘍を凍らせて破壊する治療法です。結膜の上からあてますが、結膜を切開する場合もあります。3mm程度までの周辺部の腫瘍に行います。
 治療は全身麻酔で行います。治療後はかなり腫れますが、痛みはあまり強くありません。
 合併症として、眼瞼の腫れ、結膜の充血やむくみ、眼底出血があります。

 

小線源治療(アイソトープ治療)
 以前はコバルト60という金属を使っていましたが、現在はルテニウムという金属を使っています。この治療は現在国立がん研究センターだけで行われています。
  放射線を常に出しているルテニウムという金属(アイソトープ)を銀で覆ったものを、腫瘍のあるすぐ裏の強膜に数日間縫いつけたままにして、局所に大量の放射線をあてる治療です。放射線外照射療法と違い、縫いつけた周辺以外への放射線は少なくなるため、眼窩骨の発育障害や二次がんの心配が非常に少なくなります。
  周辺部の孤立性腫瘍か、一定の範囲内にとどまっている複数腫瘍がよい適応です。小線源を縫いつけている間は、放射線治療用の病室から出ることができません。付き添いはできますが、長時間の抱っこなどは極力避けます。
治療は全身麻酔で行います。縫い付ける手術と取り去る手術の2回全身麻酔が必要です。結膜(白目)を切って縫い付けますが、目を動かす筋肉を切る場合もあります。治療終了後には結膜や筋肉は元の部分へ縫合します。
合併症として、一時的な痛みや結膜の充血・結膜下出血は必ず生じます。目の赤みは1か月くらいで治ります。それ以外に眼球の動きが悪くなる、眼底出血を生じることがあります。

 

放射線外照射療法
 網膜芽細胞腫は放射線に対する感受性が高い(放射線によって破壊されやすい)ので、放射線外照射療法は治療効果が期待でき、1990年代にはほぼ全例で行われていました。現在では全身化学療法が行われるようになり、ほとんど行われなくなっています。他の治療を行っても腫瘍が治りきらず、どうしても眼球を残したい場合には、現在でも治療の一つとして行われています。網膜芽細胞腫の治療に使われる放射線の種類として、X線と陽子線があります。
 治療は顔面を固定する器具をつけて行います。安静のできる場合には鎮静は不要ですが、乳幼児の場合には鎮静して行う必要があり、鎮静の場合には入院で行います。1回の治療自体は数分ですが、顔面の固定や位置の確認などの時間が必要です。20~25回に分割して照射するため、治療は1か月以上かかります。
 副作用として、放射線照射部分の骨の発育が悪くなる、照射の範囲内に別の悪性腫瘍が発生する(二次がん)、白内障や放射線網膜症の発生、眼球の萎縮、また乳児の場合は脳下垂体への影響により身長の伸びが悪くなるなどがあります。

 

陽子線治療・重粒子線治療
 陽子線治療は放射線外照射療法のひとつで、小児がんに対する陽子線治療は2016年に保険収載されました。
 X線は体を透過してしまうため広い範囲に放射線が照射され、副作用が生じます。陽子線は、ある一定の深さまでしか到達しないため、目的とする範囲以外の照射を減らすことが可能です。正確な照射を行うため乳幼児の場合には鎮静が必要ですが、小児の対応が可能な施設は限られています。世界的にも数施設で治療されているだけであり、X線と比べた治療効果、副作用はまだはっきりとわかっていません。陽子線という特別な治療があるわけではなく、前提として放射線治療を行う必要があるのか、その上で腫瘍や眼球の状態を考えてX線と陽子線のどちらがより良いのか、主治医と相談して選択することが必要です。
 重粒子線は、さらに重い粒子を使った治療で、陽子線に比べて照射範囲をより厳密に決めることができます。細胞に対する障害もより強いため、治療効果は期待されますが一方で目に対する副作用も強く生じます。世界中で、網膜芽細胞腫の治療として使われたことはありません。
 副作用は、通常の放射線外照射治療と同じものが生じます。

 

 

【眼球摘出】

 眼球温存療法が非常に困難と思われる進行眼や、腫瘍が眼球外に浸潤していると思われる場合は眼球摘出を行います。眼球内の出血などで眼底が見えない場合や、緑内障になっている場合、温存療法を行った後に再発し腫瘍を抑えられない場合も摘出が必要になります。
 手術は全身麻酔下で行います。結膜を残して眼球と視神経の一部を摘出します。結膜を縫合してできる義眼床と呼ばれる空間に仮の義眼を入れて手術室から戻ってきます。また結膜の中に義眼台を埋め込む場合がありますが、現在保険適応のものはありません。手術は1時間程度で終わり、体への負担は大きくありません。 数日間の入院が必要です。約2週間後に義眼の調整を開始します。
合併症として、眼部の腫れや皮下出血、眼瞼下垂(瞼が下がる)などが生じます。
 摘出した眼球の病理検査の結果、眼球外への浸潤があった場合や転移を生じる危険性が指摘された場合は、転移予防のための全身化学療法や放射線外照射療法が必要になります。

 

全身化学療法

(1)予防的化学療法
  眼球摘出後の病理検査で、腫瘍が切除断端まで広がっていなくても、篩状板をこえて視神経に入り込んでいる場合や、脈絡膜に明らかに浸潤している場合などは、体の中に腫瘍細胞が残っていることがあり、20%程度の確率で眼窩内再発や転移を生じる危険性があります。転移を生じてしまってから治療する場合はさらに強い治療が必要になるため、多くの場合は再発や転移を予防するための化学療法を行います。眼球を温存するために行う3剤併用化学療法を行う場合と、さらに多くの薬剤を併用して行う場合があり、施設により異なります。
 強膜をこえて眼球外に浸潤していた場合には、眼球周囲に腫瘍が散布されていることが多く、通常は神経芽腫という病気に準じた強い化学療法を6コース程度行い、放射線治療も行います。
 これらの場合、化学療法を行わなくても再発・転移を生じないことのほうが多いですが、20%程度は再発・転移する危険性があり、この確率は決して低くはありません。また、一旦再発や転移を生じてしまった場合には、次に述べるような非常に強い治療が必要になります。予防的化学療法を行った後で再発や転移を生じた方は非常に少なく、予防治療の効果は期待されるため、全身化学療法に伴う骨髄抑制などの急性期の副作用、臓器障害や二次がんなどの晩期の副作用を考慮し、主治医とよく相談し、治療を行うか決断することが重要です。


(2)根治的化学療法
  眼球摘出後に眼窩内に腫瘍が再発した場合、手術で広く切除しても転移を生じる可能性が高いことが知られているため、根治のための化学療法が必要です。眼球摘出の病理で切除断端に腫瘍が露出していた場合、眼窩内には腫瘍の塊が残っていることになり、同じ扱いになります。このような場合には、まず神経芽腫に準じた強い化学療法を6~8コース行います。この治療中に、血液の幹細胞を採取しておきます。画像検査で腫瘍が見えなくなったことを確認した後、画像に写らない腫瘍細胞も退治するため、通常の数倍以上の抗がん剤を投与する大量化学療法を行います。骨髄細胞も破壊されてしまうため、直後に採取しておいた幹細胞を移植する「末梢血肝細胞移植」を行って骨髄機能を回復させます。
 末梢血幹細胞移植の副作用は、移植後数日してからの高熱や口内炎です。治療後の血球減少に伴う重症感染症の頻度が高いので、無菌室で治療する必要があり、抗生剤などの予防投薬と、重症口内炎の予防をします。これらの副作用は、移植した造血幹細胞が生着して白血球が回復するまでの2週間程度続きます。腫瘍のあった眼窩内を広く切除する手術を行う代わりに、眼窩部の放射線治療も行います。
 遠隔転移を生じた場合には、部分的に切除して転移であることを確認する必要があります。その上で、上に述べたものと同じように全身化学療法、大量化学療法、末梢血肝細胞移植を行い、転移部位の切除手術か放射線治療を併用します。
  このような強力な大量化学療法を行うと、長期の寛解(腫瘍のない状態)にすることが可能とされていますが、脳や髄膜、髄液に浸潤した場合には未だに救命が困難です。